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アフリカンミュージッを通して、新しいアフリカを発信!

<新しいアフリカ音楽の世界 >

 アフリカに行くと言うとよくそんな危険で怖い所、一人で行きますねと言われ、(えーあんな楽しいとこなのに!?)アフリカで日本人に会うとボランティアの人ですかと言われ、(いやいや 街のかっこいいクラブに行って踊ったりしに来てるんだけど!?)、アフリカ人のバンドで演奏してると言うと、民族衣装でやるんですか?ジェンべ叩くんですか?(うちコンゴ人でサップなんで、ヨージ、ヤマモト、ドルチェガバーナなどの一流ブランドの服しか全員着てませんし、演奏はアフリカンポップスです!)いやーまいったな。 未だ、多くの日本人はアフリカのイメージが飢餓、紛争、貧困、危険、野生動物、民族、伝統などのステレオタイプのイメージが強すぎる。一昔前の外国人の日本のイメージが、フジヤマ、ゲイシャ、サムライ、みたいなのと変わらないではないかー。そんな多くの日本人が持つアフリカの古いイメージを変えたい。確かにそのイメージも事実なのだが。アフリカンポップミュージックとサップのキングと言われたコンゴ民主共和国の国民的ヒーロー、”PAPA WEMBA&VIVA LA MUSICA”のバンドのメンバーを長年、務めた私がもっとチャラかっこいい?今のアフリカを発信したいと思う。と言う訳で、まず初めにザッと今どきのアフリカ音楽の紹介を通して今のアフリカや世の中の流れをざっと見てみます。

 アフリカ音楽が世界の舞台に登場したのは、1980年代にアフリカンポップスがヨーロッパに進出した頃かと思われる。1987年にワールドミュージックと言う名が登場し、それは90年代半ばまでブームを巻き起こした。Papa wemba (RD congo),Salif keita (Mali), Mori Kante(Guinea),Yossou n’dour(Senegal),

Manu Dibango(Cameroon),King sunny ade、Fera kuti(Nigeria)などアフリカンポップミュージックがワールドミュージックとして世界に西欧社会を通して発信された。伝統音楽とモダンな西洋音楽との融合であり、ヨーロッパ人とアフリカ人との共同制作でもあった。こうして世界にアフリカ音楽が広まった。

 

この辺りから音楽の世界もグローバル化が進み出した。アフリカだけでは経済、スタジオや機材の質、プロデューサーがいないなどの問題ありで、アフリカ単独で世界に進出して行くのは難しい。片やヨーロッパにこれらの問題はなくビジネスシステムも出来てるので、新しい素材、ソフトを探し求めている。その両者がドッキングしてヨーロッパ発信のワールドミュージックが生まれた。その流れで、’80年代後半は日本はバブル時期でもあり、多くのアフリカのミュージシャン達が来日公演を行い、日本でのアフリカ音楽ファンもここで一気に増え、ワールドミュージックと言う名も広がった。

 

一方、アフリカ大陸では少し前までは、”Papa Wemba”に代表される”ルンバ  ロック”(リンガラ音楽)がどこに行っても聞こえていたが、最近は アフロビーツ系などのエレクトロミュージックに変わり、新たなアフリカ音楽の世界がアフリカ大陸で独自に進化と広がりを見せている。

 例えば その中の一つの ”アフロビーツ”

 アフロビーツとは、もともとはナイジェリアで生まれたアフロポップにラップも取り入れた最新のエレクトロニックダンスミュージックのことだが、(イギリス人がロンドンで名付けた)ナイジェリア、ガーナ、ケニアなどの英語圏の国を中心にアフリカ大陸で圧倒的な人気を得ている。そして、今や、世界中から、”先鋭的でかっこいい”と熱い注目を浴びている。21世紀のトレンドになりつつあるかもしれない! 

注)ここでいうアフリカはサハラ以南のブラックアフリカのことを指す。

 ★AFRO BEATS (NIGELIA)

https://youtu.be/JyfmX-InQ2c

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